【短期集中連載・第2回】ちょうどいい会社に、選んでもらうためには?【文筆家/岡田育】

岡田育




学生時代、私の周囲には「就職活動は、しない」と言う友達が、結構たくさんいました。就職氷河期と呼ばれた時代の、終わり頃のことです。通っていた大学の学部は、離職率が高いことで知られていました。せっかく競争を勝ち抜いて一流企業へ入社しても、エリートコースを進むことに飽きて辞めてしまう学生が多い、という意味です。

 

代わりに目立ったのは、友達と会社を興したり、いきなりプロを名乗って営業をかけたりして、自分で商売を始めるような先輩たちです。「岡田さんも、卒業後は起業すればいいのに」と言われました。当時、研究室で進めているプロジェクトの他にもいくつかアルバイトを掛け持ちしていて、「事務所を作って独立すれば、そのまま仕事にできるよ」と誘ってくる大人がいたわけです。

 

今だから言えますが、このとき誘いに乗らなくて正解だったなと思います。当時は若くて元気で向こう見ずだったので、激務のバイトも大好きでしたが、実社会についてはおそろしく無知で、とても効率の悪い稼ぎ方をしていました。給与未払いや経費請求で揉めて裁判沙汰になったこともあります。あのまま自分で名刺を刷って仕事を始め、業界最底辺の安値でクライアントから若さとやりがいを搾取されていたらと思うと、ゾッとします。

 

結局、私は就職活動をしました。テレビ局や出版社にエントリーシートを提出し、筆記試験を通過したら面接を受けに行き、落ちたら落ちたで次を受ける、ということを十数社繰り返し、半年ほど続けました。最終的に、東京にある老舗の総合出版社の内定を得てそのまま正社員として入社します。競争倍率、じつに450倍。これもまた、今思うとゾッとしますね。

 

まだ何者でもない人間が、ただ将来性だけを買われて、いきなり大きな看板の下で働く権限を与えられ、太鼓判を捺してもらえる。新卒一括採用というのは、じつに不思議な仕組みです。ともかく「これで立派な社会人になれる」と喜んだのを憶えています。当時の私は一刻も早く誰かに「君も、社会人になっていいよ」と認めてもらいたかったのです。起業すれば? と言われてもピンと来なかったのは、「誰にも認められなくたって、俺自身の力で社会に漕ぎ出してやる!」という気概や自信が、まるで持てなかったからでした。

 

就職活動時、一つだけ決めていたルールがあります。リクルートスーツを着ないこと。二度と着る機会のないぺらぺらの安物スーツをわざわざお金出して買うなんて、バカみたいでしょう。寒い時期だったので、手持ちのツイードのジャケットやウールのジャンパースカートを着て面接に行っていました。

 

「みんなと同じ服装じゃない」という理由で落とされるような会社では、将来絶対にうまくいかないだろう、と思っていました。「みんなと同じ」が最重要視される会社では、「私が」新しいことに挑戦して成長できる予感もしません。いっときだけ自分に嘘をついて入社しても正体はすぐバレて採用担当者もがっかりするだろうし、私のほうも耐えきれずに辞めてしまうに決まっています。

 

私自身の才能や将来性についてはまるで自信が持てなかったのですが、社会人として第一歩を踏み出すとき、「ちょうどいいところに選んでもらう」ことが何よりも大事だと、そのことだけは確信していました。超のつく一流企業に入って「なんか違う」と三日で辞めてしまったような、私とよく似た大学の先輩たちの失敗談を、さんざん聞かされていたからです。

 

私は、勤めるからには、できるだけ長く勤めたかった。採るか採らないかを決めるのは面接官ですが、私のほうでもちゃんと、譲れない条件を掲げて「選ぶ」姿勢を見せなければなりません。「落とすなら早く落としてください」という気持ちで、あちこちのドアをノックしていました。結果的に、服装にもノックの仕方にも文句をつけず、面接途中で言葉に詰まってもまるで気にしない、自由でのどかな社風の職場とご縁がつながったわけです。

 

インターネットが発達し、情報だけならいくらでも手に入る時代です。手書きの履歴書が必要だった昔と違い、100社、200社に履歴書を一括送信することだって簡単です。数十社からお返事が来て、今すぐ働けるところが、あっという間に見つかるかもしれません。出会い系アプリと同じですね。でも、長く気持ちよく働ける場所を見つけるためには、自分の心に嘘のない、飾らない状態で「選ぶ/選ばれる」ことが大事ではないかと思います。

 

岡田育(おかだ・いく)
文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(角川文庫)。現在はNY在住。
http://okadaic.net/

岡田育






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