思いもしなかったシンガーからの音楽番組立ち上げ。きっかけは意外なところにもある!【シンガーソングライター、一般社団法人MUSIC SHARE代表理事/本田みちよさん】

本田みちよ




周りとはちょっと違う音楽を聴いていた10代のころ

本田みちよ

私はもともと、小4から中3まで京都市の合唱団に入っていたんです。そこで「歌謡曲を聴くと変なクセが出るからクラシックしか聞かないでくれ」とか言われていたし、昔からJポップがあんまり好きじゃなかったんです。周りとはちょっと違う音楽、クラシックやジャズ、ボサノバとかを聞いていました。

小学生の時なんか周りはみんなJポップを聞いていたので、話は無理やり合わせてましたよ。いいと思ってなくても「いいよねー」って(笑)。

高校出た後は、京都でアパレルに就職して仕入れや販売をしていました。洋服が好きだったし、店長の接客が神だったので「ああいう接客ができる人になれるといいな」と思って。実はその店長はすっごく厳しくて大変だったんですけど、いろいろ学ばせてもらいました。

デモテープを配りまくったら、声がかかった

5年ぐらい働いた時、レコード会社で働いている友達に声をかけられて、CM曲を歌う人のオーディションに出たんですよ。そしたら、準優勝しちゃって。

アパレルの時は歌ってもないし、音楽をやろうとも思ってなかったんですよ。でも、音楽好きだったし、合唱団をやっていたので人前で歌うことにも抵抗はなかったので、音楽で試してみようかなと思って。無鉄砲というか、思い込んだら突っ走るタイプなので、音楽をやるために東京に出ることにも何も思わなかったですね。

東京に来てからは代官山の洋服屋さんでアルバイトしながらデモテープを作って、ライブハウスとかクラブとかカフェとか、とにかくどこでも渡していました。そうしたら、ある事務所の方が聞いてくださって声をかけてくれて。「OVERROCKET」というユニットを結成して、音楽活動をしていくことになりました。

各国のスタジオをめぐるライブツアーを!

本田みちよ

音楽番組を立ち上げてみて、自分が思っていた以上に番組制作が合っているというか、音楽をやることも好きだけれど、それと同じくらい大事に思っています。

今、青山のRed Bull Studioを無料で使わせてもらって番組をやっているんですけど、今、Red Bull Studioが二ューヨークやパリ、ベルリンとかいろんなところにあるんです。ミュージックシェアで厳選したミュージシャンといっしょにそれらのスタジオを巡りつつ、各国でライブツアーができたらいいな、それに向かって準備をしていきたいと思っています。




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RUN-WAY編集部

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