前世はイタリア人!? 芸人から親善大使へと続く道【イタリアン芸人/佐々木カルパッチョさん】

佐々木カルパッチョ




はじめてみた!デジャヴ!俺は昔、イタリアに住んでいた!

佐々木カルパッチョ

ダイナムでの仕事を退職し、2003年にNSC(吉本総合芸能学院)に入ったんですけど、ハリセンボンやその他同期のように芸人として生きていけるほどのポテンシャルを感じることもできず、また環境になかなか馴染めなかった為、1年半で辞めてしまいました。その後は浅井企画さん、フリーを経て、ソニーミュージックアーティスツさんに拾ってもらいましたがコンビで活動しても解散し、ピンでもネタが出来ない日々があり、自分の武器がないとピンでは勝てないなと痛感していました。そんな時アメリカ縛りのネタでR1グランプリの決勝に進んだなかやまきんに君さんのキャプテンボンバーのネタを見て、2007年からイタリアのネタをやるピン芸人佐々木カルパッチョとして活動、2009年には単身ローマに修行に行きました。

イタリアに初めて行ったのは2007年10月でして、ナポリの港に横付けした観光バスからナポリの港を見た時に「俺、昔ここに住んでた」と思って以来、イタリアにはまったんです。

ローマ修行の時は言葉も通じない国で、自分のことを表現しようとして通じなかったり、思い描いている通りにできないもどかしさ、逆にうまくいく楽しさ、そして何より自分が外国人扱いをされる経験をしながら、外国人として自国以外で生きるたくましさも勉強してきました。

いつか、イタリアの街に自分の銅像が立つ!そんな仕事を

今、起きている間はずっと仕事をしていて、眠っている時が休んでいる時、という感覚です。遊びも仕事につながっていて「生きる=仕事」なので、ストレスフリーでとんでもなく楽しい毎秒毎分毎時間毎日なんですよ。
スマホさえあれば、大概の事は何でもできるし、いつでもどこでも仕事できるじゃないですか。
だから仕事はエンドレスにやっていますし、カルパッチョの仕事ってなんなの?と聞かれたら、
それは生きる事=仕事。志事だよ。と答えてます(笑)
将来のビジョンは、日本におけるイタリアの認知度を今の市場規模から1.5倍を目指してます。その時には、日本とイタリアの親善大使&観光大使に指名されること。これが最低目標です。僕の活動が認められた暁には、ナポリの港に銅像が立ててもらえるようになったらいいな!なんて子供のようなゆめもあります。




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RUN-WAY編集部

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