本日、8(は)月19(いく)日は、俳句の日。今年で20回目を迎える高校生の「俳句甲子園」も、松山市で開催中ですが、現在、俳句作家として活躍している佐藤文香さんは、2002年、松山東高等学校在学中に第五回俳句甲子園にて団体準優勝、「夕立の一粒源氏物語」が最優秀句に選ばれた人物です。
中学生の時に魅了された俳句を仕事にし、迷いなく俳句の道を歩んでいるように見えますが、実は、俳人になろうと思ったことは一度もないとか。佐藤さんが経験してきたこと、感じていることを聞きました。
ポイントは……
- 新しい作品をつくりたい
- 今後はプロデュース業も
- 自分を俯瞰する視点で
「プレバト!!」で人気の“あの人”との出会い
俳句作品をつくること、句会の指導や講座の先生として教えること、雑誌のコラムや新聞の俳句月評など俳句にまつわる文章を書くこと、の3つを仕事にしています。
俳句に興味を持ったのは、「プレバト!!」(TBS)で人気の俳人・エッセイストの夏井いつきさんと、中学の俳句の授業で出会ったのがきっかけです。もともと言葉に興味があったし、小説だと書き上がるまで何十時間もかかるけれど、俳句はアイデアを思いついたらすぐに一句できるのが面白いと思ったんです。
高校1年のときには俳句甲子園で団体優勝し、2年の時には<夕方の一粒源氏物語>という句が個人最優秀句に選ばれました。審査員には有名な俳人の方がいたので、そこで私の名前を知ってもらえたのがありがたかったですね。
就活で味わった初めての挫折
大学は両親と同じ早稲田大学の第一文学部で日本文学を専修しながら、俳句研究会に入って句会を開いたりしていました。父親が日本語の研究者、母親も国語の教員で、大学までは親が敷いたレールの上を通って来たのですが、就職活動で初めて挫折を味わいました。
「保険のためにとっておきなさい」と親に言われていた中学の教員免許の取得も介護実習の初日で断念し、自分が希望した放送局への就職活動もうまくいきませんでした。自分は親を超えられると思ったのに、何も超えられないと思わされました。
結局、知り合いの紹介で就職したものの半年で辞め、小学生の国語の塾の講師も半年で退職。松山に帰って2カ所で働いたものの、保守的な土壌に息苦しさを感じて2年で東京に戻りました。