中学1年生で知った“井の中の蛙”という現実
ヴァイオリンを始めたのは3歳の頃です。英語の教育番組「セサミストリート」に出ていた世界的なヴァイオリニストの五嶋みどりさんを見て、「ママ、これがやりたい!」と。
とはいえ長崎の田舎に生まれ、母は専業主婦、父は会社員という音楽には関係のない普通の家庭だったので、楽器を手に入れるのも、教えてくれる先生を見つけるのにも苦労しました。でも私は大人になったらみどりさんになれると思っていたんです。
小学校の時はコンクールにも出たこともない“井の中の蛙”でしたが、中学1年生の時に、有名なコンクールに出る子の演奏を聴いてやっと「このままではいけない」と気づきました。それから猛練習を始め、当時の先生に「音楽をするには頭も良くないといけない」と言われたので、同じくらい勉強も頑張りましたね。
高校生になったころ、自分にとってベストだと思える先生と出会いました。なので、福岡市にいる先生に習えるように音大には進まず、福岡の大学、大学院に進学しました。
人生をかけたコンクールの直前にまさかの……!

音楽は自分が好きなだけではやっていけない世界です。この人はプロです、とか、お金を払ってあなたの演奏が聴きたい、というのは市場が決めるものなので、大学3年生の時、「いい点数が取れたら続ける。取れなかったら就活する」と腹を決めて、コンクールに出ました。
寝る間も惜しんで、大学時代に所属していた管弦楽団の暖房もない楽器庫で朝から晩まで練習をしていました。そしたら、本番の前々日に高熱が出て、喉も腫れて、最後のレッスンにも行けなかったんです。
でも、人生をかけているコンクールですから、微熱のまま咳止めの薬を飲んでステージに立ち、演奏しました。そしたら、「今までで一番いい演奏だったね」と師匠が言ってくれるくらいいい点数がとれて、「続けてもいいんじゃない?」と。私も手応えがあったので、就活せずに続けることにしました。
音楽のない人生を歩めるか?
音楽は瞬間芸術なので、一瞬で勝負しなくてはいけません。周りからは良かったよと言われても、自分では納得がいかなかったら落ち込むこともありますし、プレッシャーから逃げたくなる時も、「私なんかがヴァイオニストをやってていいのかな」とネガティブになったりすることもあります。
だけど以前、師匠に「私は音楽をやっていていいのか」と聞いた時に「辞めるのは簡単だけど、これから音楽のない人生を歩めるか? 虚無感と一緒に生きていけるか?」と言われて。それは無理だと思ったので、辛くても頑張っていこうと決めて、今に至っています。
努力がむくわれたときには嬉しいし、教えている生徒に「先生みたいにがんばります」と言われることも生きがいですね。生徒は自分の鏡というか、生徒からも教わっています。「果たして自分はできているのか」と生徒を通して自分を見つめたときに、苦手なことを再発見することもあるんです。
卑屈な自分でいたくない

私は、音大の出身ではないので、音大卒の方との経験値の差はあります。音楽祭では補えない部分も出てくるわけです。すごく仲がいい子が国際コンクールで入賞したりすると心から誇らしいと思うんだけれど、そういう子と一緒に演奏するとなった時には、卑屈な自分が出てきそうになります。
「私なんか」と思いたくないので、「ソロで弾いて」と言われたらソロで弾けるし、オーケストラに誘われても「弾けます」と言える。そんなふうに、即戦力になれることが私にとって大事だと思っています。
将来的には、東京と福岡に自分の演奏活動の居場所ができたら嬉しいなと思っています。1回海外でも勉強してみたいですね。それと、応援してくれた人が地元の長崎や福岡など各地にいるので、「みなさんのお陰で成長できました」と感謝の気持ちを込めてリサイタルをしたいなと思っています。