あいまみえるの意味とは?
日常生活の中において、あいまみえるという言葉は使うチャンスは多くないでしょうが、小説やテレビ、映画などで目にするチャンスは案外と多くあるでしょう。
あいまみえるは目にすることがある言葉ですが、どのような意味かわかりにくいことも多くあるでしょう。
ここでは、あいまみえるの意味についてご紹介します。
あいまみえるは、「顔を突き合わせる」「対面する」とういう意味です。
漢字であいまみえるを書けば、「相見える」になります。
「見える」の読み方は「まみえる」で、由来は「お目にかかる」という「会う」の謙譲語になります。
まみえるに「相」というお互いにという意味の漢字を組み合わせることによって、顔を突き合わせるというような意味になります。
間違って「合間見える」と漢字で書くと思っている人も多くいるでしょうが、「相見える」が正しいため注意しましょう。
なお、あいまみえるの意味は単純に「顔を突き合わせる」ということですが、現在では、対立関係にあるライバルや宿敵などが顔を合わせる時に使うことが多くあります。
あいまみえるの使い方とは?
ここでは、あいまみえるの使い方についてご紹介します。
敵対する相手に使う
あいまみえるは、丁寧に「対面する」を表現した言葉ですが、現在では敵対する相手に多く使われます。
「以前の試合であいまみえた相手」や「敵の主将とあいまみえる」などのように、あいまみえるはライバルや対立している相手に対して使いましょう。
しかし、あいまみえるはライバルや対立している相手に使う時が多くありますが、人と人とが単純に対面する時にも使われます。
両雄相まみえる
あいまみえるの使い方としとしては、両雄相まみえるがあります。
両雄相まみえるの意味は、2人の英雄が対面するということです。
両雄相まみえるを使った例文としては、次のようなものなどがあります。
- 「ボクシングの聖地のラスベガスで、ついに両雄相まみえるようになった。」
- 「いよいよ決勝戦で両雄相まみえる。」
あいまみえるを使った例文としては、次のようなものなどがあります。
- 「このようにして彼とあいまみえるのは、実際に10年ぶりであった。」
- 「あいまみえるまで、実際に相手が大きな人であるとわからなかった。」
- 「敵のチームではなく同じチームとして相まみえたかった。」
- 「もう1回相手とあいまみえる時があれば、必ず打ち勝ってやると誓った。」
あいまみえるの「まみえる」とは?
あいまみえるの「まみえる」は、謙譲語になります。
あいまみえるという表現であるため、多くの人は敵同士が相対するシーンをイメージするといわれており、「まみえる」が謙譲語であることを把握している人は少ないといわれています。
なお、謙譲語というのは一種の敬語です。
敬語は現在5種類あるといわれており、尊敬語・丁寧語・謙譲語・丁重語・美化語があります。
敬語は、以前は謙譲語、尊敬語、丁寧語だけでしたが、敬語が2007年に細分化されるようになって、現在では5種類になっています。
あいまみえるの対義語とは?
「あいまみえない」が、あいまみえるの対義語であるといわれています。
しかし、「あいまみえない」という表現は、それほど使われないといわれています。
「あいまみえない」というのは、顔をお互いに合わせないことがイメージされます。
そのため、因縁の対決をライバル同士が希望していたにも関わらず、あいまみえることが最終的に無かった時などに、「その後、2人のライバルはあいまみえないまま現役を引退した」などというような表現が考えられる時もあります。
しかし、ほとんど「あいまみえない」という表現の文章が見受けられないため、間違っていると考える人がいることがあるため注意しましょう。
あいまみえるの英語表現とは?
「Face each other on the battlefield.」(戦場で相まみえる)が、あいまみえるの英語表現になります。
「Face each other」の意味合いは、「あいまみえる」「顔を向き合わせる」というようなものになります。
英語であいまみえるという言葉を表現する時は、「顔を向き合わせる」というような意味合いになります。
日本語にはこのように多くの意味や意味合いがあるため、その時の話し手の意図や状況によって、英語表現にする時の意味合いが違ってくることがあります。
そのため、あいまみえるの英語表現については注意する必要があるといわれています。
あいまみえるの類義語とは?
ここでは、あいまみえるの類義語についてご紹介します。
邂逅
あいまみえるの類義語としては、邂逅があります。
邂逅の意味は、「思いがけなく会うこと」になります。
「出会う」ということで、あいまみえると同じような意味になります。
しかし、偶然出会った時だけに邂逅は使えますが、あいまみえるは必然的な出会いの時も偶然の出会いの時も使えます。
邂逅を使った例文としては、次のようなものなどがあります。
- 「学生時代に付き合っていた彼女と先日邂逅した。」
この例文の意味は、「学生時代に付き合っていた彼女と先日偶然出会った。」ということになります。
「相まって」「相容れる」は類義語ではない
あいまみえると同じような表現として「相まって」「相容れる」がありますが、あいまみえるの類義語ではないので注意しましょう。
「相まって」の意味は「お互いに作用しあって」であり、「相容れる」の意味は「お互いに容認すること」です。
「相まって」を使った例文としては、「デザインと性能が相まってヒットした。」などがあります。
一方、「相容れる」を使った例文としては、「何があっても彼女とは相容れないだろう。」などがあります。
「相容れる」の使い方としては、打消しの表現を最後に添えて、「相容れることはない」「相容れない」などがあります。
垣間見えるとあいまみえるの違いとは?
あいまみえると同じような表現として、垣間見えるという言葉があります。
では、垣間見えるとあいまみえるはどのような違いがあるのでしょうか?
垣間見えるとあいまみえるは、意味が違っています。
垣間見えるというのは、「物事の一面を見る」「ちらっと見る」という意味の言葉であるため、垣間見るというようにもともとは使われます。
垣間見えるは、「対面すること」という意味があいまみえるのようにないため間違えないように注意しましょう。
なお、基本的に垣間見えるという表現は間違っており、垣間見るが正しい表現です。
しかし、垣間見えるが慣用的に使われるようになっているため許容範囲であると考える人もいますが、間違っていると場合によっては判断される時があるため注意しましょう。