「茫然自失(ぼうぜんじしつ)」の意味とは? 由来や使い方、例文などを解説




「茫然自失(ぼうぜんじしつ)」の意味とは?

「茫然自失」の意味は、予想していなかった出来事に驚いてぼんやりすることです。

「茫然」の意味は気が抜けてぼんやりしている状態、驚いて呆気にとられている状態で、「自失」の意味は物事に気をとられてぼんやりと我を忘れている状態です。

「茫然自失」の由来とは?

「茫然自失」は、中国の書物に由来するとされています。

初めに登場したのは、古代の中国の「列子」という書物に孔子とその教えについてまとめて書かれた逸話です。

子貢(しこう)という人物が「列子」に登場します。

孔子の弟子の一人であった子貢は、孔子のある日の教えが理解できなくて、まじめであったために苦しみます。

教えを同じように受けて修行していた顔淵(がんえん)が理解できたため、子貢の苦悩は限界になって自宅に引きこもりました。

孔子の教えが理解できないために落ち込んで、7日間も睡眠も食事もとれなくなりました。

「列子」では、この状態を「茫然自失」と表現しており、これが現在の「茫然自失」の由来になっています。

この後、顔淵が死が迫る子貢の元を訪問して励ましたことによって、再度子貢は立ち上がって、教えを孔子の元で受けました。

子貢がこのときに体験した「茫然自失」は、現在の「茫然自失」に比較すると、ずっと深刻で長期的であったことがわかるでしょう。

現在の「茫然自失」の時間としては、このときのものに比較するともっと短い意味合いを含んだ表現になっています。

一週間も「茫然自失」としている暇は、現代の人にはないのでしょう。

「茫然自失」の使い方とは?

ここでは、「茫然自失」の使い方についてご紹介します。

予想していなかった出来事が起きたときに「茫然自失」は使う

「茫然自失」は、単に驚くのみではなくぼんやりするくらい予想していなかった出来事が起きたときに使うものです。

予想していなかった出来事でも大声を出すなどの動作が伴うときや、なんとなくでも予想していた出来事が起きたときには、「茫然自失」は使いません。

なお、「茫然自失期」というのは、自然災害が起きたときに大きな恐怖や驚きを覚えたことによって何もしばらく考えられない状態になることをいいます。

「茫然自失期」の後に「幻滅期」「ハネムーン期」といわれる時期を経て、気持ちが「再建期」に変わっていくといわれています。

「茫然自失になる」「茫然自失になった」を使った例文

ここでは、「茫然自失になる」「茫然自失になった」を使った例文についてご紹介します。

  • 「彼はあれほど努力してきたのであるため、茫然自失になるのは当然である。」
  • 「ピッチャーは、あとストライク一つでノーヒットノーランになるシーンになってからホームランを打たれたため、茫然自失となって立ち上がることがしばらくの間できなかった。」
  • 「次の社長が間違いないといわれていたがグループ会社に急に出向されたために茫然自失になっていた彼を慰めたのは、彼女だけであった。」

「茫然自失の状態」「茫然自失状態」を使った例文

ここでは、「茫然自失の状態」「茫然自失状態」を使った例文についてご紹介します。

  • 「パソコンが後は保存するのみのときにフリーズしたので茫然自失の状態になった。」
  • 「新しい商品の販売が明日から始まるという時期になってから発売中止の知らせがあったため、その場にいた全員が茫然自失状態になった。」

「茫然自失」の類義語とは?

「茫然自失」は、あまりの衝撃に何も考えられなくなって何もできなくなる状態という意味ですが、四字熟語の類義語があります。

ここでは、「茫然自失」の類義語についてご紹介します。

「瞠目結舌(どうもくけつぜつ)」

「瞠目結舌」は、「瞠目」と「訣舌」を組み合わせた四字熟語です。

「瞠目」の意味は大きく目を見開いた状態、「結舌」の意味は舌を結んだ状態です。

舌を結んだ状態というのは、何もいえない状態、舌が結ばれて言葉が出ない状態です。

あまりの衝撃に大きく目を見開いて、何もいえない状態であり、ほとんど「茫然自失」と意味が同じになります。

ちょっと違っていることとしては、顔の状態に「瞠目結舌」は着目して表現したものであることです。

そのため、同じ意味でも、「茫然自失」とはちょっとずつ使い方が違います。

「瞠目結舌」を使った例文としては、次のようなものなどがあります。

  • 「監督の顔は変わり果てたグラウンドを見て、まさに瞠目結舌であった。」

「呆然自失(ぼうぜんじしつ)」

「呆然自失」は、「茫然自失」と漢字が違うために取り扱われることが多くありますが、意味が「呆然」と「茫然」は違っています。

「呆然」の意味はあきれ果てるということですが、「茫然」の意味は気が抜けてぼうっとする、呆気にとられるということです。

「茫然自失」の意味としては現在の日本語ではあきれ果てることが含まれているため、「呆然自失」が完全に間違っているということではありません。

しかし、正しい表記は、熟語の成り立ちを考えると「茫然自失」であるといえるでしょう。

「茫然自失」の対義語とは?

「茫然自失」の対義語としては正確に意味が対応するものはありませんが、広い意味でのものはあります。

ここでは、広い意味での「茫然自失」の対義語についてご紹介します。

「泰然自若(たいぜんじじゃく)」

「泰然自若」は、「泰然」と「自若」の熟語が組み合わさった言葉です。

「泰然」の意味は動じなくて落ち着いている様子、「自若」の意味は何に対しても動じたり驚いたりしないで落ち着いている様子です。

そのため、いずれの意味も同じようなものです。

「泰然」と「自若」を組み合わせた「泰然自若」の意味は、どのようなことについても動じなくて落ち着いている様子になります。

「茫然自失」の意味は目の前の物事の衝撃に我を忘れることをいうため、動じない様子を表現する「泰然自若」の対義語になるでしょう。

「茫然自失」の英語表現とは?

「茫然自失」の英語表現としては、次のようなものがあります。

  • 「be stunned」(呆然とする)
  • 「stupefaction」(麻酔、ぼうっとすること)
  • 「in a stupor」(茫然自失として)

なお、「in a stupor」に含まれている「stupor」は、麻痺やぼうっとする様子を表現する名詞です。






この記事に関するキーワード

RUN-WAY編集部

RUN-WAYは、「自分らしくHappyに働きたい」と願う、全ての女性をサポートするためのメディアです。
働く女性の困ったを解決し、理想のキャリアに一歩近づくための情報をお届けします。