国破れて山河あり(くにやぶれてさんがあり)とは? 使い方や例文などを解説




「国破れて山河あり(くにやぶれてさんがあり)」とは?

ここでは、「国破れて山河あり」についてご紹介します。

「国破れて」の意味

「国破れて山河あり」の「国破れる」の意味は「国が滅びる(くにがほろびる)」ということですが、ここでの意味は「国は滅んでも」になります。

「国が滅びる」は「国が敗れる(やぶれる)」と間違われることがありますが、戦争に国が負けるということではなく、機構が国として壊れて無くなるということです。

「敗」と「破」は同じ読み方ですが、意味が違うために表記するときは注意しましょう。

「山河あり」の意味

「国破れて山河あり」の「山河あり」は、意味が「山や河がある」ということで、変わらずにいつの世にもある悠久の自然を表現しています。

「国破れて山河あり」の意味

「国破れて山河あり」の意味は、「国は滅んでも、美しい故郷の景色は在りつづける」ということです。

「国破れて山河あり」は、「悠久の大自然と栄枯盛衰の人の世を対比して物悲しくなる」や「騒動の後の空虚感に浸っている」というような心境を表現するときに使われます。

「国破れて山河あり」の使い方とは?

ここでは、「国破れて山河あり」の使い方についてご紹介します。

ネガティブな感情を伴うシーンで「国破れて山河あり」は使われる

「国破れて山河あり」の由来は、都が壊れて国が滅ぶという悲しい故事であるため、人生の悲しみや人間社会の儚さ、国の将来についての憂いというようなネガティブな感情を伴うシーンで多く使われています。

そのため、適切な「国破れて山河あり」の使い方について把握しておきましょう。

「国破れて山河あり」を使った例文

ここでは、「国破れて山河あり」を使った例文についてご紹介します。

  • 「国の現在の政策を見ていると、脳裏に「国破れて山河あり」の一節が浮かんで気持ちがなんとなく落ち着かない。」
  • 「一生懸命努力しましたが、実力が足りなくて夢が実現できず、現在は「国破れて山河あり」というような心境です。」
  • 「戦後に日本人の多くが目にしたのは、本当に「国破れて山河あり」の光景でした。」

歴史的な「国破れて山河あり」の背景とは?

「国破れて山河あり」は、杜甫の『春望』の漢文に登場するものです。

『春望』の漢文は、「国や人々は戦争によって滅んでしまったが、変わらず自然は美しいままだ。戦争が続く今を思えば、美しい花を見ても涙が流れてしまう。家族との別れを思えば、鳥の鳴き声を聞いても悲しくなる。」ということを詠んでいます。

ここでは、歴史的な「国破れて山河あり」の背景についてご紹介します。

唐代の玄宗(げんそう)という皇帝は、楊貴妃(ようきひ)という有名な世界三大美女に惚れ込みます。

楊貴妃に熱を上げすぎた皇帝は、政治があまりにも疎かになってしまいました。

思い通りに楊貴妃側の一族が政治を執ることに不満を持った安禄山を中心にした家臣たちが、安史の乱の反乱を起こしました。

長安の都は、この安史の乱の反乱によって占拠されてしまいました。

杜甫は、反乱軍に捉えられて軟禁生活を長安にて続けていました。

このような中において、戦争や時世に関係なく美しさを維持している自然を見て、詩の「国破れて山河あり」というものを詠みました。

杜甫の焦燥感、不安、家族に対する想いなどが、『春望』には込められています。

「国破れて山河あり」の類義語とは?

「国破れて山河あり」は、漢文が語源です。

ここでは、「国破れて山河あり」のように、語源が文学作品になっている類義語についてご紹介します。

「夏草や兵どもが夢の跡」

「国破れて山河あり」の類義語としては、俳句の「夏草や兵どもが夢の跡」があります。

「夏草や兵どもが夢の跡」は、江戸時代の松尾芭蕉が執筆した『奥の細道』に登場します。

有名な俳句であるため、聞いたり学校の授業で習ったりしたことがあるのではないでしょうか。

意外な関りが、「国破れて山河あり」と松尾芭蕉にはあります。

まず、「夏草や兵どもが夢の跡」の俳句の意味は、「当時は兵士が戦争で戦っていたこの場所も、夏草が現在は生い茂っている。昔のことは夢のように全て儚く感じる。」というようなものになります。

この俳句は、人の世の儚さと自然の雄大さを対比させたもので、どこか「国破れて山河あり」に似ているでしょう。

松尾芭蕉は、「国破れて山河あり、城春にして草青みたり」とこの俳句の前に綴っていることから、強く杜甫の『春望』を意識していることがわかります。

また、引用するときに、「草青みたり」としていることも大切です。

杜甫の詠んだものを整理して、草が生い茂っている松尾芭蕉が見た景色をイメージ付けしています。

「栄枯盛衰」

「国破れて山河あり」の類義語としては、「栄枯盛衰」があります。

「栄枯盛衰」の意味は、「国家や人の一生は栄えているときがあったり衰えてしまうときがあったりする」ということです。

平家物語における平家の繁栄と滅亡が、「栄枯盛衰」の背景にはあります。

「栄枯盛衰」の言葉は、平家は勢いがかつては盛んであったが、源氏と戦うことによって滅亡してしまった様から生まれました。

「栄枯盛衰」は、「国破れて山河あり」「夏草や兵どもが夢の跡」のように自分の気持ちと自然の情景を対比させているということではありませんが、焦点を「変化していく人の世」に当てていることでは同じような言葉といえます。

「盛者必衰」は「栄枯盛衰」と間違いやすい言葉ですが、意味が違うために注意しましょう。

「盛者必衰」の意味は「勢いがある人や物もいつかは衰退する」ということですが、「栄枯盛衰」の意味は「滅亡したり繁栄したりする」ということです。

「国破れて山河あり」の英語表現とは?

ここでは、「国破れて山河あり」の英語表現についてご紹介します。

「国破れて山河あり」の英語表現としては、次のようなものがあります。

  • 「The state broken, its mountain and rivers remain.」(国は壊れたが、その国の山や河はまだ残っている。)
  • 「Empire broken mountain river remain.」(帝国は壊れたが、山と川はまだ残っている。)
  • 「My old city has burned but Nature has returned.」(古い都は無くなったが、自然は再生した。)




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RUN-WAY編集部

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