「散見(さんけん)」の意味とは?
「散見」は、「あちこちに散らばるものを見る」「何度か時間をあけて見る」という意味です。
散らばる度合いや見る回数については話をする人によって違うため、具体的な数値はありません。
「散」の意味は「ばらばらになる」「あちこちに散らばる」、「見」の意味は「見える」「見る」です。
そのため、「散見」の意味は、「ちらほらとあちこちに見えること」「ものごとがいろいろなところで見える」になります。
「散見(さんけん)」の使い方とは?
ここでは、「散見」の使い方についてご紹介します。
「散見(さんけん)される」「散見(さんけん)する」
よく「散見される」「散見する」というように、「散見」は使われます。
「散見」を使った例文としては、次のようなものがあります。
- 「意見としては批判のようなものも多くあるが、好意的なものも散見された。」
- 「社内のあちこちで、新しい社長の新方針が散見される。」
- 「まだプランには多くの問題が散見している。」
- 「細かな間違いが散見しており、注意が不足しているといわれた。」
「散見」は、「散見される」という使い方がよくありますが、基本的に「散見される」は間違っています。
「散見」の主語はものであり、意味は「ものが見られる」ということであるため、受け身の意味が「散見される」はダブります。
しかし、「散見される」という使い方は現在では習慣になっているので、使っても問題になることは特にないでしょう。
なお、正しい使い方は「散見する」であるため把握しておきましょう。
「散見(さんけん)」の意味合いは否定的なものとは限らない
「批判的な意見が散見している」「書類のいろいろな箇所に細かな間違いが散見している」というように否定的なものとして、「散見」は使われるときが多くあります。
しかし、否定的な意味合いが「散見」という言葉に含まれているということではありません。
「散見」の意味は「目に留まる」「ちらほらと見られる」ということであるため、いろいろなシーンで使えます。
「散見」を使った例文としては、次のようなものがあります。
- 「同級会ではよく知っている人がいる一方、あまり知らない人も散見された。」
- 「社内のゴルフでは、豪華な景品も散見している。」
「散見(さんけん)」の間違った使い方とは?
ここでは、「散見」の間違った使い方についてご紹介します。
「散見(さんけん)できない」「散見(さんけん)できる」
受け身的な「目に映る」「目に留まる」というようなことを、「散見」は表現します。
そのため、「できない」「できる」という言葉と一緒には使えません。
このときは、「見つけることができない」「見つけることができる」などに換えましょう。
また、「散見されない」という言葉も使えません。
回数を表現するときは「散見」が使えない
「散見」の意味は、「目にちらほらと映る」「あちらこちらで見られる」ということですが、目にどのくらい留まるかは具体的な決まりがあるということではありません。
しかし、言葉の意味に「何回か」や「ちらほら」というような回数が含まれているため、「多く散見」にすれば二重表現になるので、他の言葉に換える必要があります。
他の言葉に換えるときは、「いたるところにある」「多く見られる」などのような表現にするのがおすすめです。
「見受けられる」と「散見される」の意味は違う
ビジネスシーンにおいては、よく「見受けられる」という言葉も目にします。
「見受けられる」の意味は、「見て取れる」ということで、「~のようである」「~だろう」と推定するときによく使われます。
一方、「散見される」や「散見する」の意味は「あちこちに散らばるものを見かける」ということであるため、目に見えるものに使います。
「見受けられる」は見たものだけでなく、推定するときにも使えるので、使えるシーンが「散見」よりも広くなるでしょう。
「散見(さんけん)」の類義語とは?
ここでは、「散見」の類義語についてご紹介します。
「往々」
「物事がところどころにある様子」「繰り返して起きる様子」という意味です。
「往々にある」の意味は、「頻繫にある」「よくある」ということです。
「起きる可能性が大きい」「頻度が多い」ということを表現します。
そのため、「往々」に「散見」は換えることができます。
例えば、「あなたの意見には勘違いが散見されるが、ほとんど正しい。」というときは、「あなたの意見には勘違いが往々にあるが、ほとんど正しい。」などということができます。
「往々」を使った例文としては、次のようなものがあります。
- 「物事を進めるときは、ちょっとしたミスは往々にある。」
- 「このようなケースは往々にあるため、それほど気にしない方がいい。」
「ちらほら」
「散発的に見られる様子」「あちこちにちょっとずつある様子」という意味です。
「ちょっとずつあちこちにまばらにある様子」などとちょっとずつある様子を表現するときは、「ちらほら」を使います。
例えば、「ちらほらお客さんがいる」「梅の花がちらほら咲いている」などの使い方があります。
「ちらほら見える」ということで、「ちょっとずつではあるが見える」「まばらではあるが見える」という意味になります。
「ちらほら」を使った例文としては、次のようなものがあります。
- 「電話がなかったため必要なものを忘れたが、忘れた人もちらほら見えた。」
- 「知らない人のみで心配していたが、知っている人も中にはちらほら見えた。」
「窺える」
「窺う」は、「のぞいているのを見る様子」「様子をそっと探る様」という意味です。
十分に観察するということでなく、様子を静かにそっと見るという感じです。
「窺える」の意味は、「感じ取れる」「多く推察できる」ということになります。
「窺える」は、何かが物事からわかるようなときに使います。
例えば、「冬のシーズンが訪れていることが外の天気から窺える」などと使います。
「窺える」を使った例文としては、次のようなものがあります。
- 「ポツポツと梅が咲いてきて、春の様子がだんだんと窺える。」
- 「聞こえる声や音で、多くの人が中にいることが窺える。」
「散見(さんけん)」の英語表現とは?
「be found here and there」が「散見」の英語表現になります。
「be found」に意味は「見られる」ということで、「here and there」の意味は「あちらこちらに」ということです。
「be found here and there」を使った例文としては、次のようなものがあります。
- 「Many problems are found here and there.」(多くの問題が散見される。)
- 「There are some errors here and there in this essay.」(いくつかの間違いが散見される。)