「思料(しりょう)」の意味とは? 使い方や類義語などを解説




「思料(しりょう)」の意味とは?

「思料(しりょう)」の意味は、思いをいろいろと巡らすことです。

法律関係に従事している検察官や裁判官、検事や弁護士などの法曹関係者が、あれこれと深く案や思考を思い回すことを意味します。

「思料」を把握する上では、「法曹に関係する人がいろいろと考えを思い巡らす」ということが大切です。

そのため、「思料」は、普通の人が世の中のいろいろな問題や事情を深く思い巡らすときには使いません。

「思料」の読み方は「しりょう」です。

「思料」は間違いの少ない読み方の言葉の一つですが、間違って「しりょ」と読まないように注意しましょう。

なお、「思量」と「思料」は同音同義語です。

「量」の意味は「推しはかること」や「かさ」ということで、また「料」の意味は「はかること」ですが、両方とも「思考をいろいろと巡らすこと」「いろいろと見当して予測すること」という意味で使われます。

「思料」と同じように、「思量」も法曹に関係する検事や弁護士などが規律や法律などに沿って、いろいろと思案することですが、実際には「思料」の方が「思量」よりも多く使われる傾向があります。

「思料」の使い方とは?

ここでは、「思料」の使い方についてご紹介します。

「思料」は法律関連で動詞として使う

「思料」は、「思料される」「思料する」などのように、ほとんど動詞として使い、名詞として「思料が必要」「思料が足りない」などのように使うことはほとんどありません。

また、「思料」を使うのは、法律に携わる検察官や弁護士などがメインになり、普通の人に対して使うことはないことも把握しておきましょう。

「思料」を使った例文

「思料」を使った例文としては、次のようなものなどがあります。

  • 「今回発生した事件の要因について裁判官が思料しているのが、傍聴席から見えた。」
  • 「授業料の支払いの請求について思料するも、彼は払えないという一点張りである。」
  • 「検事が思料しているときに、捜査の概要を弁護士は振り返っているようだ。」

「思慮」と「思料」の違いとは?

「思慮」は、「思料」とは違って、「思慮が伴う」「思慮が浅い」など、名詞として文章の中では機能することがほとんどです。

また、「思慮」は、法曹を含めて、立場や職種に関係なく、普段の仕事や生活などでいろいろな人が使う言葉です。

「思慮」は意味の上からは注意深く事情やものごとを見て、考えを深く巡らすことであるため、ほとんど同じといえますが、総じて「思慮」と「思料」では使う対象と使い方が違ってきます。

「思慮」を使った例文としては、次のようなものなどがあります。

  • 「思慮深い上長は、私の誕生会を職場でこっそりと開いてくれた。」
  • 「彼は落ち着きがない行動で、思慮に欠ける面がある。」
  • 「これほどの間違いを繰り返しても、上長の思慮の範囲で懲戒処分は何とか免れている。」

「思料」の類義語とは?

ここでは、「思料」の類義語についてご紹介します。

「思慮(しりょ)」

「思慮」の意味は、「考えを念入りにめぐらすこと」です。

単に考えるということではなく、どうすれば上手くいくか、どうすれば成功するかなどと、状況に応じた行動を考えることです。

「思慮」は、いろいろな人が考えを注意深くめぐらすことで、「思慮が浅い」「思慮がある」などというように名詞で使うことができます。

一方、「思料」は、法律に関係することで法曹に関係する人が考えをいろいろと巡らすことで、動詞で使います。

「思案(しあん)」

「思案」の意味は、「あれこれと考えること」あるいは「思い悩むこと」です。

例えば、問題が何か発生したときに、処理したり解決したりする上手い方法が思い浮かばなくて考え込むことです。

「いろいろと考える」という意味では「思案」と「思料」は同じですが、「思案」の意味合いは「思い悩む」ということが含まれていることで「思料」とは違います。

「思惟(しい)」

「思惟」の意味は、「深く心に考え思うこと」です。

十分に物事の根本を思考することが、「思惟」です。

また、哲学においては「思惟(しゆい)」といい、意味としては「知覚以外の認識作用」ということがあります。

精神作用の分析、推理、総合、判断などのことをいいます。

「思惟」の意味は、「思考」と同じです。

そのため、「思料」より「思惟」の方が、広い意味で使われる言葉です。

「思念(しねん)」

「思念」の意味は、「心に常に考えていること」です。

心の中で常に思っていることをいいます。

例えば、「真理を思念する」の意味は、「常に真理を考えている」ということです。

「思念」は、「考える」という意味では「思料」の類義語になりますが、「常に」という意味が「思料」にはないということで「思念」とは違います。

「思索(しさく)」

「思索」の意味は、「道筋を立ててものごとを深く考えること」です。

「思索」は、現象の持っている根本的な意味や、現象同士の関連などを、理論的に純粋に突きつめて考えることです。

「道筋を立ててものごとを考える」という意味は、「思料」にはありません。

そのため、「筋道を立ててものごとを考える」という意味の「思索」よりも、意味は「思料」の方が広いといえます。

「勘案(かんあん)」

「勘案」の意味は、「あれこれと考え合わせること」です。

「勘」の意味は体験した上で身についた推測であるため、「勘案」の意味は「豊富に体験があるための速やかな判断、的確な判断」ということになります。

「全てを十分に調べてから考える」「いろいろと考え合わせること」をいいます。

「思料」の意味も「いろいろ考えること」ということですが、意味合いとして「全てを十分に調べてから考える」ということはありません。

「沈思黙考(ちんしもっこう)」

「沈思黙考」の意味は、「ものごとを黙って深く考えること」です。

「沈思」の意味は「思いに沈むこと」、「黙考」の意味は「黙って考えること」です。

「思料」の意味には「黙って」ということがないということで、「沈思黙考」とは違います。

「思料」の英語表現とは?

「思料」の英語表現としては、次のようなものがあります。

  • 「cerebrate」(考える)
  • 「deliberate」(熟慮する)
  • 「cogitate」(熟考する)

いずれも意味は「考える」ということです。




この記事に関するキーワード

RUN-WAY編集部

RUN-WAYは、「自分らしくHappyに働きたい」と願う、全ての女性をサポートするためのメディアです。
  働く女性の困ったを解決し、理想のキャリアに一歩近づくための情報をお届けします。