「天真爛漫」の意味とは?
「天真爛漫」意味は、無邪気で屈託がない様子を表現することです。
「天真」の意味は自然のままであることで、「爛漫」の意味は光り輝いている様や花が咲き乱れる様を表現することです。
「天真」と「爛漫」を組み合わせた「天真爛漫」は、無邪気さや純粋さにプラスして、生き生きと元気であるという意味合いも含まれています。
「天真爛漫」は、素直な人や純真な子供に対しても使われるため、一般的に人の性格を褒める表現としても使います。
基本的に、「天真爛漫」の意味はポジティブなものと考えていいでしょう。
「天真爛漫」の由来とは?
「天真爛漫」の由来は、中国の元の時代に書かれた『南村輟耕録(なんそんてっこうろく)』という作品といわれています。
『南村輟耕録』は、全30巻にもなる陶宗儀が書いた随筆集で、元の時代の風俗や出来事について書かれたものです。
「嘗自写一幅。長丈余、高可五寸許。天真爛漫、超出物表」という文章が、この第20巻に登場します。
「天真爛漫でよい出来映えだった」と、自分がかつて描いた絵を評価するときに表現しています。
「天真爛漫」の意味は、ありのままに自分の心を表現したような絵が描けたことと考えられます。
このように、絵を自画自賛する言葉として「天真爛漫」は使われました。
「天真爛漫」を悪く言うときの言い換え表現とは?
「天真爛漫」を悪く言うときの言い換え表現は、「無神経」になります。
「無神経」の意味は、感覚が鈍いこと、外見や恥ずかしさを気にしないことです。
「天真爛漫」が素直で裏表ないという意味の裏返しとして、わがままや周りへの気配りがないことに見えるため、「天真爛漫」を悪い意味で捉えたときの言い換え表現として「無神経」が使われることがあります。
「天真爛漫」の使い方とは?
ここでは、「天真爛漫」の使い方についてご紹介します。
人の特徴を「天真爛漫な人」などのように表現するときに使う
「天真爛漫」は、人の特徴を表現する言葉として「天真爛漫に」や「天真爛漫な」などのように助詞を付けてよく使われます。
例えば、「天真爛漫な人」といえば、表裏がなく自然体で、感情を隠さないで表現するような人です。
「天真爛漫な人」は、そのまま思ったことをいえる素直さがあるにも関わらず、コミュニケーション力が高く、人当たりもいい人が多くいるでしょう。
褒め言葉として「天真爛漫」は使われる
「天真爛漫」は、意味が素直で自然な様子ということから、誉め言葉として使われます。
「天真爛漫」という言葉は、素直で自然に発言ができる人や、表裏がその行動にないような人に対して使われるでしょう。
「天真爛漫な人」と気配りの足りない人をいうこともある
「天真爛漫」は、ネガティブなニュアンスで使われるときもあります。
例えば、「天真爛漫な人」は、好き嫌いがはっきりしている、あるいは子どもっぽいためにわがままな人ということで使われます。
また、「天真爛漫な人」は、包み隠さないで発言するため、失言になることもあります。
「天真爛漫」であると他の人からいわれたときは、誉め言葉としていわれているか、あるいは気配りが足りなくて反感を買っているかを判断する必要があるでしょう。
「天真爛漫」な人とは?
ここでは、「天真爛漫」な人についてご紹介します。
「天真爛漫」な人の性格
「天真爛漫」な人の性格は、無邪気で明るく、素直です。
その場の空気が居るだけで華やぐような、ムードメーカー的な人を惹きつけるような人です。
「天真爛漫」な人の特徴
「天真爛漫」な人の特徴は、次のようなものです。
- 豊かな感情表現
- 愛嬌がある
- 積極的で好奇心が旺盛
- はっきりした飾り気がない物言いができる
- ちょっと鈍感なところがある
「天真爛漫」の類義語とは?
基本的に、「天真爛漫」は、褒め言葉として多く使われますが、子供みたいな人、悪気なくはっきりと物事をいう人など、ネガティブなニュアンスで捉えられるときもあります。
「天真爛漫な人だね」と褒め言葉として伝えるときは、注意して語弊の無いようにする方がいいでしょう。
ここでは、「天真爛漫」の類義語についてご紹介します。
「天衣無縫(てんいむほう)」
「天衣無縫」というのは、縫い目の跡が天人の衣服には無いことから転じて、技巧のあとが文章や詩などに見られなく、完全無欠で自然で美しいことやその様をいいます。
ありのままで美しい様を表現するため、「天真爛漫」であることをいう言葉です。
「天衣無縫」を使った例文としては、次のようなものなどがあります。
- 「私の祖母は天衣無縫な人だ。」
- 「天衣無縫の作品が完成した。」
「無邪気(むじゃき)」
「無邪気」の意味は、悪気がなく素直なこと、作為やいつわりがないことです。
可愛らしくあどけないことやその様を表現しますが、思慮が無い様をいうときもあります。
「無邪気な人だ」と褒めるつもりでいっても、文脈によってはネガティブな「思慮の無い人だ」などのニュアンスで捉えらえるときもあるため、伝えるときには注意しましょう。
「無邪気」を使った例文としては、次のようなものなどがあります。
- 「子供のように無邪気な人だ。」
- 「無邪気な彼女の笑顔は非常に素敵だ。」
「あどけない」
「あどけない」の意味は、可愛くて無邪気、無心であるということです。
小さい子供の様子などを表現するときに、多く使われる言葉です。
「あどけない」を使った例文としては、次のようなものなどがあります。
- 「仕草には大きくなってもあどけなさがまだ残る。」
- 「あどけない表情が魅力的である。」
「天真爛漫」の対義語とは?
ここでは、「天真爛漫」の対義語についてご紹介します。
「奸佞邪知(かんねいじゃち)」
「天真爛漫」の対義語としては、「奸佞邪知」があります。
「奸佞邪知」の意味は、心がひねくれて悪知恵が働き、こびへつらうことやその様です。
「ずる賢い人」
「ずる賢い人」は、「天真爛漫」の対義語というよりは、日常的に対義語を使うものに言い換えたものです。
「奸佞邪知」は日常会話でなかなか使うことがないでしょうから、素直や無邪気というような言葉と相反するものを使うのがいいでしょう。
「ひねくれ者」
「ひねくれ者」は、日常会話で使いやすいでしょう。
「天真爛漫」にある飾り気のないや素直という意味合いを崩すような言葉です。