【短期集中連載・第3回】アクセル踏むのもいいけど、ブレーキはどうなっている?【文筆家/岡田育】

岡田育




とはいえ、ちょっと吹っ切れすぎた、というのが、冒頭の女子大生と会った頃です。31歳独身、あまりに仕事が楽しすぎて、逆に不安が過ぎります。連日の激務に心身の健康がみるみる削れていく実感があり、「こんなに異様なハイテンションを保って、本当に、定年まで働き続けられるんだろうか?」と気にしはじめると止まりません。今はアクセルを全開に踏み抜いてるけど、スピードを出しすぎて別の道へ行く選択肢を見落としてしまうのでは? 曲がり角で減速する方法って習っていたっけ? というか私、そもそも、ブレーキ装備してたっけ?

 

そんな折り、知人の会社から転職の誘いを受けました。今まで編集者として培った能力を別の業界で発揮してほしいという依頼で、何よりも魅力だったのは「年収は微増、忙しさは半減」という待遇です。年俸制の社員登用で、週に何回オフィスへ顔を出すかも自分で決めてよく、残りの時間でどんな副業をしてもよい、という条件は、これからの人生における「別の道」や「ブレーキの踏み方」についてゆっくり考えるのにうってつけでした。

 

編集者志望の女子大生の前で、その心理を説明するのはとても難しいことでした。今の職場は大好きだし、狭き門をくぐってチャンスを掴んだのだから死ぬまで続けたい気持ちもある。「だけど、他にもやりたいことがある気がするんだよね……」と、最終的には社会人である私のほうが、ずっと年下の女の子に人生相談に乗ってもらうかたちになってしまいました。

 

ちなみにこの彼女は、その後めでたくウェブメディアの編集部に入社しました。入れ違いに出版社を辞めた私に「新しい仕事がそんなに暇なら、うちでエッセイの連載をしませんか? 原稿料も払いますよ」と誘ってくれた、私にとって初めての担当編集者です。東銀座の喫茶店で彼女と会っても会わなくても、私は予定通り一つ目の会社を円満退職し、二つ目の会社に入社していたと思います。でも、あのとき彼女と会わなければ、私の職業が「編集者」から「文筆家」に変わることはなかったかもしれない、とも思います。人生はどう転ぶかわかりませんね。

 

岡田育(おかだ・いく)
文筆家。出版社勤務を経てエッセイの執筆を始める。著作に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)、二村ヒトシ・金田淳子との共著『オトコのカラダはキモチいい』(角川文庫)。現在はNY在住。
http://okadaic.net/

岡田育




この記事に関するキーワード

RUN-WAY編集部

RUN-WAYは、「自分らしくHappyに働きたい」と願う、全ての女性をサポートするためのメディアです。
  働く女性の困ったを解決し、理想のキャリアに一歩近づくための情報をお届けします。